昭和会計史としての「企業会計原則」

日本の会計制度近代化の立役者『企業会計原則』をはじめ財務会計について考察します。

ドイツ会計制度①

 今回は、ドイツ会計制度①として、1861年の普通ドイツ商法典、1937年株式法、1965年株式法および1985年会計指令法における計算規定を概観してみましょう。

 

1 1861年普通ドイツ商法典(Allgemeines Deutsches Handelsgesetzbuch von 1861:ADHGB)

 1861年普通ドイツ商法典(ADHGB)では、第28条が、商人に帳簿記録を義務づけました。そして、第29条は、下掲のように開業貸借対照表と年度貸借対照表を要求しました。

「総ての商人は、営業開始の際、土地、債権並びに債務、現金の額およびその他の財産

 を正確に記録しなければならず、その際、財産の価値を記載し、そして財産と債務と

 の関係を示す決算書を作成しなければならない。すべて商人は、その後も毎年、そう

 した財産目録および貸借対照表を作成しなければならない。…以下略…」

 

 評価については、第31条のみが、下掲のように定めていました。

「財産目録および貸借対照表の作成の際、総ての財産および債権は、作成時に付すべき

 価値により記載しなければならない。疑わしき債権は、その回収見込みの価値で記載

 されねばならず、不良債権は減価記入されねばならない。」

                                                       

 1897年5月10日には、初めてドイツ商法典(HGB)に、「正規の簿記原則」(Grundsätze ordnungsmäßiger Buchführung:GoB)という不確定法概念が導入されました。立法当局は、HGB旧第38条第1項により、今日なおHGB第238条第1項第1文にある下掲の文を創設しました。

「総ての商人は、帳簿を付け、それにおいて正規の簿記原則により取引および財産の状

 況を明らかにしなければならない。」

 

 しかし、正規の簿記原則は、適正な損益算定に直接結びつくものではありませんでした。なお、1925年8月の所得税法(Einkommensteuergesetz:EStG)は、旧第13条において正規の簿記原則による所得算定を規定しました。

 

2 1937年株式法(Aktiengesetz von 1937)

 1937年10月の株式法(AktG)は、株式会社(Aktiengesellschaft:AG)と株式合資会社(Kommanditgesellschaft auf Aktien:KGaA)に特別規定をもたらした。第129条第1項によって下掲の一般規範(Generalnorm)が創設されました。

「年度決算書は、秩序ある簿記原則(Grundsätze ordnungsgemäßer Buchführung)に対応

 しなければならない。年度決算書は、会社の状況へのできるだけ確かな概観を与える

 よう明確かつ一覧できるよう作成されねばならない。」

 

 同条第2項によりHGBの規定は、補足的にのみ適用されるにすぎませんでした。そして、法定積立金および貸借対照表並びに損益計算書の最初の包括的分類についての規定のほかに、第133条において年度貸借対照表における価値記載額についても詳細に規定されました。資産については価値上限として調達原価又は製作原価が定められました。自己創設のれんの記載は明確に禁止されました。有償取得のれんは記載することが可能で、その際、相応の年度償却又は価値修正が行われねばなりませんでした(第133条第5項)。

 明確な最高限度評価額が固定資産および流動資産に存在し、流動資産については厳格な低価原則が存在する一方、価値下限については明確な規定は存在しませんでした。そして、法解釈の争点の1つとして、「会社の状況へのできるだけ確かな概観」への要請が、実質的な意味を持つのか宣言的意義(deklaratorische Bedeutung)を持つにすぎないのかが議論されました(Ballwieser 2018, S.2)。

  1937年株式法の規定は、一方的に債権者保護に向けられていたとされ、資産の過小評価による秘密積立金の設定が可能でした(Ballwieser 2018, S.2)。しかし、他方で、1937年株式法は、明示的分類規定および評価規定をより詳細に示し、情報提供又は顛末報告(Rechenschaft)を強く前面に出しました(Ballwieser 2018, S.5)。

 

3 1965年株式法(Aktiengesetz von 1965)

 1965年の株式法第149条第1項に下掲の改正一般規範が創設されました。

「年度決算書は、正規の簿記原則に対応しなければならない。年度決算書は、明確かつ

 概観的に作成されねばならず、評価規定の枠内で会社の財産および収益状況へのでき

 るだけ確かな概観を示さなければならない。」

 

 第152条には年度貸借対照表の項目についての規定を含み、第153条~第156条は、その評価を詳細に規定しました。1965年株式法は、結果として、取得原価主義から離反しませんでしたが、どのような最低価値で評価されねばならないかを明確化することによって、会計政策上設定可能な秘密積立金の設定を困難にしました。しかし、バルヴィーザーは、「適正な損益算定」がその明確な目的ではなかったとしています(Ballwieser 2018, S.2)。

 1965年株式法では、借方項目の明確な評価下限および引当金の制限によって零細株主の保護も試みられ、最高配当規則のほかに最低配当の確保の努力がなされました。

 また、1965年株式法は、連結決算書についての規定を初めて創設したが、国内子会社のみの連結を求めたに過ぎませんでした(第329条第2項第1文)。なお、AG又はKGaA以外の国内親企業については、後に、1969年開示法(Publizitätsgesetz)によって連結決算書作成義務が創設されました。

 

4 1985年会計指令法(Bilanzrichtlinien-Gesetz:BiRiLiG)

 1985年12月に、従来、株式法等の個別法に分散された商事法上の会計法が、ドイツ商法典(HGB)にまとめられました。すなわち、EC第4号指令(Richtlinie 78/660/EWG)、第7号指令(Richtlinie 83/349/EWG) および第8号指令(Richtlinie 84/253/EWG)を国内法化した会計指令法(BiRiLiG)によって、個人企業から多国籍企業集団に至る総ての企業に対する会計法がHGBに統合されました。

 なお、BiRiLiGをはじめとする下掲の法律は、いずれも、関連するHGB等の法律の特定の条文を改正・新設する「条項法」(Artikelgesetz)です。

 BiRiLiGは、1965年株式法の規定を引き継ぎ、かつ改正し、そしてEC第4号指令と第7号指令に基づき、注記・附属明細書(Anhang)および個別決算書並びに連結決算書の一般規範によって、資本会社の決算書の内容を拡大しました。なお、国外子会社の連結も求められています(HGB第294条第1項)。

 EC第4号指令の転換によるBiRiLiGにおける、いわゆる「英米モデル」の影響の最たるものは、同指令第2条の規定による「真実かつ公正な概観」(true and fair view)についての規定です。同条第5項には、例外の場合を除いて法律上の会計規定を適用すれば真実かつ公正な概観を提供しないことになるときは、当該規定から離脱しなければならないという条項があります。

 BiRiLiGによる改正後のHGBには、当離脱規定はなく、下掲のように、注記・附属明細書に追加的記載をすればよいだけです。HGB第264条第2項第1文および第2文では次のように規定されています。

「資本会社の年度決算書は、正規の簿記原則の考慮の下で、資本会社の財産、財務およ

 び収益状況の事実関係に対応した写像を伝えなければならない。特別な状況によっ

 て、年度決算書が第1文の意味での事実関係に対応する写像を伝えない場合、注記・

 附属明細書において付加的記載がなされねばならない。」

 

 結局、「真実かつ公正な概観」規定も、適正な損益算定に直接結びつくものではありませんでした。なお、HGB第297条第2項第1文~第3文は、内容的に同じことを連結決算書に要求しています。

 バルヴィーザーは、モクスター(A.Moxter)の所説を引用して、BiRiLiGによる改正後のHGBが求めているのは「適正な損益算定」ではなく財産呈示だとしています(Ballwieser 2018, S.3)。

 

文献

Ballwieser, Wolfgang 2018, "Fragewürdige Bilanzen - 1948, heute und in Zukunft ?," Der

 Betrieb(DB) Nr.1-2.

Richtlinie 78/660/EWG des Rates vom 25. Juli 1978 aufgrund von Artikel 54 Absatz 3  

 Buchstabe g) des Vertrages über den Jahresabschluß von Gesellschaften bestimmter

   Rechtsformen.

Richtlinie 83/349/EWG des Rates vom 13. Juni 1983 aufgrund von Artikel 54 Absatz 3

   Buchstabe g) des Vertrages über den konsolidierten Abschluß.

Richtlinie 84/253/EWG des Rates vom 10. April 1984 aufgrund von Artikel 54 Absatz 3

   Buchstabe g) des Vertrages über die Zulassung der mit der Pflichtprüfung der

   Rechnungslegungsunterlagen beauftragten Personen.