昭和会計史としての「企業会計原則」

日本の会計制度近代化の立役者『企業会計原則』をはじめ財務会計について考察します。

対応・凝着アプロ-チと原価計算

 アメリ会計学会(AAA)の『会計理論および理論承認に関するステ-トメント』(AAA 1977、以下では『1977年報告書』と略します)は、「アメリカ会計文献のなかでおそらく最も強い影響力をもった著作」(染谷訳1980、20頁)と評するペイトン=リトルトンの『会社会計基準序説』(Paton and Littleton 1940、以下では『序説』と略します)で展開された学説に対して、「対応・凝着アプロ-チ」("matching and attaching approach")と名付けています(AAA 1977, p.41、染谷訳1980、90頁)。
 対応・凝着アプロ-チによる利益計算の適用は大規模製造企業中心に想定されています。経済を支えているのは何も「モノ」の生産だけでなく、流通や金融・財務も不可欠な活動であることはいうまでもありません。しかし、産業社会の成立以来、現在の物的「豊かさ」を実現した最大の要因は生産の拡大であったことは否めません。そのため、少なくとも対応・凝着アプロ-チによる利益計算の適用が想定される典型例が製造企業であることは当然の成りゆきといえるでしょう。
『序説』における会社会計の対象は、一貫して「生産的経済単位」としての企業です。『序説』では次のように述べられています。
「企業実体および事業活動の継続性の基礎概念は、企業的または制度的な観点を前提とするがゆえに、会計理論も同様に、第一に生産的経済単位としての企業を対象としており、第二義的にのみ、資産にたいする法的な有権者としての出資者を問題とするのである。」(Paton and Littleton 1941, p.11、中島訳1958、17-18頁)

 「対応・凝着アプロ-チ」とは、大量生産と大量流通とを統合した産業経済という当時の新たな現実を写し取るべく開発された概念装置でした。製品の売上原価たる製造原価は、原価計算によって算定される必要があります。そして「凝着」概念は、この原価計算を観念的に表現したものと考えられます。『序説』では次のように述べられています。
「生産活動が、人間労働と機械力とを消耗して原料の形を変えるのにたいして、会計はこれに歩調をそろえて材料費、労務費および機械に関する原価の適当な部分を分類また集計し、製品原価を構成せしめる。換言すれば、原価が真に意味をもった新しいグル-プに導入されるということは、会計に関して基本的な概念なのである。正当に関係づけると、これらの諸原価が凝集力を有するごとくなのである。」(Paton and Littleton 1940, p.13、中島訳1958、21-22頁)

  原価計算においては、原材料、労働力及び生産設備の価値が一体となって、新たなる価値としての製品になるという仮定のもとに、生産要素のそれぞれの価値が「凝着」して製品の原価を構成するというフィクションの上に原価計算が成立しています。

Paton, William A./ Littleton, A. C. 1940 An Introduction to Corporate Accounting Standards(翻訳;中島省吾訳1958『会社会計基準序説[改訳版]』森山書店).

投下資本の回収計算としての減価償却

 取得原価主義会計は、事業投資についての回収計算を意味します。すなわち、収益によって回収された原価が費用であり、収益との差額(回収余剰)が事業利益です。この点を計算例で説明してみましょう。
《例題》
 仮に取得原価3,000万円の固定資産(設備)について、残存価額ゼロ、耐用年数3年で定額法で減価償却しているとしましょう。毎期の減価償却費は、1,000万円です。これは、投資の観点からすると、毎期、1,000万円以上の収益が見込まれ、3年間では総収益が3,000万円以上になるとの見込の下に当該固定資産が取得されていることを意味します。

 仮に、各年度の収益が1,200円だとし、費用が減価償却費のみだとしましょう。その場合、利益額(回収余剰)は以下のようになります。

 すなわち 、取得原価3,000円の固定資産のアウトフロー(投資額)は、それ以上の額のインフロー(回収額)を見込んだ投資であり、各年度の利益(回収余剰)は、投下資本の回収計算の結果としての事業利益であることが理解できます。
 この観点からすると、貸借対照表は、取引記録を基礎とした未回収残高の一覧表として理解できます。取引記録を前提とするということは、取引時点での価額である取得原価が基礎となり、これを取得原価主義と呼びます。取得原価主義会計を国際会計基準(IFRS)は、「原価モデル」と呼んでいます。取得原価で表される投資額から、収益の実現によって回収された分を除いた、未回収残高が貸借対照表に計上されます。そして、回収時点において利益を認識する原則が実現原則です。

 原価モデルにおける資産は、原価評価された投下資本の未回収高を示します。但し、これは、事業投資に対してのみ意味があります。

収益認識基準

 近代会計理論は、その関心を支出サイドの費用認識の精緻化に向けてきました。従来、収益認識に関する包括的な会計基準としては、「企業会計原則」に、「売上高は、実現主義の原則に従い、商品等の販売又は役務の給付によって実現したものに限る。」(損益計算書原則の三のB)とされているにすぎませんでした。
 2014年5月28日、国際会計基準審議会(IASB)および米国財務会計基準審議会(FASB)は、収益の基準である「顧客との契約による収益」(IASB においてはIFRS第15号、FASB においてはTopic 606)を公表しました。これにより収益認識基準IAS第18号「収益」等は置き換えられました。IFRS第15号は、2018年1月1日以降開始する事業年度から、Topic 606は、2017年12月15日以降開始する事業年度から適用されています。
 この情勢を受けて、企業会計基準委員会(ASBJ)は、2018年3月26日に企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」(以下では「基準第29号」)および企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」を公表しました。「基準第29号」では、IFRS第15号の定めを基本的にすべて取り入れるとしています。但し、適用上の課題に対応するために、代替的な取扱いを追加的に定めるとし、代替的な取扱いを追加的に定める場合、国際的な比較可能性を大きく損なわせないものとすることを基本とするとしています。
 「基準第29号」の新しい収益認識基準では、収入サイドの精緻化が行われており、以下では、カスタマー・ロイヤルティ・プログラムのケースについて、単純化した設例を使ってこの点を確認しましょう。

《例題》
 いま仮に、家電量販店A社が、3月1日に10,000円の商品を現金決済により販売し、同社のカスタマー・ロイヤルティ・プログラムにより、顧客に5,000ポイント付与したとしましょう。なお、付与したポイントの公正価値は1ポイント1円であり、次回の来店時に1ポイントにつき1円分の商品と交換できるとします。ポイントが実際に商品と交換される割合を過去に実績により100%と見積もり、商品との交換をA社が行うとします。5月31日に実際に、商品と交換したとします。そして、3月31日が決算日としましょう。
 現行の日本基準では、現金決済による初回販売時に10,000円の収益が計上され、5,000ポイントについてはポイント引当金の計上で対処されています。
 これに対して、「基準第29号」の新しい収益認識基準では、以下のように処理されます。まず、ポイント付与とそれの全額商品交換を含めた取引全体は、以下のように整理できます。   

当該取引を全体的に見ると、商品 15,000円分が33%割り引かれ、現金10,000円と交換されたことになります。値引き額を契約内のすべての履行義務に比例的に配分すると、最初の現金決済による商品販売時(履行義務1)の収益認識は、10,000円の商品を33%引きで販売したことになり、6,667円の収益が認識されます。

3/1 (借方) 現 金 10,000円  (貸方) 売 上  6,667円
契約負債 3,333円

  なお、契約負債は貸借対照表の貸方に計上されます。
 そして、ポイント交換による5,000円の商品引渡時(履行義務2)の収益認識は、5,000円の商品を33%引きで販売したことになり、商品に対する「支配」を顧客に移転することにより、履行義務を充足した時点で3,333円の収益が認識されます。

5/31 (借方) 契約負債 3,333円  (貸方) 売 上 3,333円

このように、「基準第29号」の新しい収益認識基準が適用されると、現金決済による初回販売時に6,667円分の売上が計上されるにすぎません。そして、次期の計算期間に属するポイント交換による販売時に、残りの3,333円分の売上が計上されることになります。以下のプロセスを5つのステップに分けて示したのが下図です。


 「基準第29号」の新しい収益認識基準は、顧客への財貨・サービスの移転を描写するように収益を認識することを求めます。顧客への財貨・サービスの移転は、顧客がそれらに対する「支配」を獲得した時です。また、企業が、取引の本人であるか代理人であるかも、最終顧客に財貨・サービスが移転する前に、財貨・サービスを「支配」しているか否かで判断されます。
 このほか、返品・製品保証の取扱いや知的財産の取扱い等、「基準第29号」の新しい収益認識基準は、包括的収益認識基準となっています。

支出計算の「修正」としての費用

 支出計算の「修正」とは、具体的には「支出・未費用」、すなわち支出の「繰延処理」と「費用・未支出」、すなわち支出の「見越計上」を意味します。その適用類型として、以下では、(1)在庫(棚卸資産)、(2)減価償却(固定資産)および(3)引当金の3つのケースについて見ていくことにしましょう。

(1)在庫(棚卸資産)
 通常,ビジネスには在庫が存在し,その在庫についての支出計算の調整が必要となります。すなわち,商品販売に関する利益計算でのポイントは,在庫商品の扱いです。
 さて,商品販売による利益を求めるにあたって,基本的には,売上収入から仕入支出を引けばよいことになります。しかし実際には,当期に販売された商品が当期に仕入れられたものとは限りません。むしろ通常の商品の流れを想定すれば,期首時点の在庫商品から販売されていくと考えられます。また当期に仕入れられた商品も期末時点までにすべて売れてしまうのではなく,一定の在庫商品が存在すると考えられます。
 商品の在庫が生じると,単純な収入・支出計算によって利益を計算することが出来なくなります。なぜなら,期首の在庫(期首商品棚卸高)を構成する商品が仕入れられたのは,前期以前であり,期末の在庫(期末商品棚卸高)が売れるのは次期以降となるからです。

《例題1》
 20×1年4月1日から20×2年3月31日までを計算期間として話を進めることにしましょう。期間の始めを「期首」と呼び,期間の終わりを「期末」と呼びますが,4月1日から3月31日までの一年間について利益を計算するというのは,あくまでも計算上の都合にすぎません。したがって,期首であろうと期末であろうと小売の活動は継続されます。当然,4月1日にも,店内ないし倉庫に在庫商品が存在します。

それは20×1年3月31日迄に仕入れられ,未だ売れていない商品で,当期に引き継がれたものです。これを①期首商品棚卸高といいます。4月1日以降も通常の仕入,販売は日々行われていきます。20×1年4月1日から20×2年3月31日に仕入れられた商品の総額を②当期仕入高といいます。そして,20×2年3月31日時点の在庫を③期末商品棚卸高と呼びます。
 一方、販売されたものについては売値でその都度記録され、20×1年4月1日から20×2年3月31日に販売された商品の総額を⑤当期売上高といいます。これらのことを反映した図表が、下図です。

 ①期首商品棚卸高が45万円、②当期商品仕入高が85万円、そして③期末商品棚卸高が43万円とすると、⑤当期売上高100万円に対応した④商品売上原価は87万円(45万円+85万円-43万円)となります。これは、当期に売れた分を仕入値で表したものであり、⑤当期売上高100万円からマイナスされ、その結果、⑥売上総利益は13万円となります。
 このように、棚卸資産の場合は、保有する商品の「売却」によって、取得原価が売上原価(費用)と期末商品有高(資産)とに配分されます。未売却分(資産)については、次期以降売却されれば費用になります。したがって、将来の費用であり、費用性資産と呼ばれます。

(2)減価償却(固定資産)
 継続企業における、期間損益計算を行うための支出の修正の2番目は、減価償却です。ここでは設備の例でもって説明しましょう。
《例題2》
 事業に必要な設備を2,000,000円で購入し,3年間にわたって利用できるとします。そして,3年たったところで中古品取扱店に200,000円で引き取ってもらうとしましょう。この場合,当設備の1ヶ年間の利用に要するコストは,(2,000,000円-200,000円)÷3=600,000円となります。

 この計算手続きを収入・支出計算と収益・費用計算との関わりで見るならば,1年目(t0~t1期)の設備購入のための支出を全額その期の費用としてしまうことは合理的ではありません。なぜなら,その場合,1年目(t0~t1期)は設備の利用に対する支出が突出するのに対して,2年目(t1~t2期)以降も設備を同じように利用するにも関わらず,全く支出が生じないからです。
 したがって,減価償却によって1ヶ年目(t0~t1期)の支出2,000,000円を各期間に配分することによって損益計算を適正化するのです。
 減価償却計算は、繰延法の典型であり、取得原価が「価値の費消」によって減価償却費(費用)と設備(資産)とに配分されます。この場合も、設備(資産)は、将来の費用なので費用性資産です。実際の計算については定額法や定率法や生産高比例法といった配分方法が適用されます。

(3)引当金
 支出計算の「修正」の3番目のケースは、「費用・未支出」すなわち、見越計上法であり、具体的には、(3)引当金がそれに該当します。

《例題3》
 全体期間(ここでは1~8期)に渡って400億円の全体損益を稼得する企業を想定します。単純化のために、100億円の収支ベースで算定された期間損益が時間の経過とともに不変であると仮定します。1期の当初期間に1度限りの行為、例えば原子力発電所の操業によって、原子力発電所の廃棄物の処理のために400億円の法的または実際の債務が発生し、それが8期の最終期間に収支作用的支出につながるものとしましょう。下図は、期間の損失相殺の前後の利益の展開を表しています。
収支計算の例示(単位:億円)
 期間  1 2 3 4 5 6 7 8
  利益  100 100 100 100 100 100 100 100
 損失相殺 -400
相殺後利益 100 100 100 100 100 100 100 -300

引当金設定がなければ、最終8期の400億円の支出は、300億円の損失につながります。こうした事態に対して引当金の継続的な設定を通じての債務金額の集積性は、下図のように債務の発生と履行の間の期間に事業支出を一定額(50憶円)ずつ配分することになります。その際、引当金が利益平準化効果(相殺後利益50憶円)をもたらします。
引当金の例示(単位:億円)
期間  1 2 3 4 5 6 7 8
 利益  100 100 100 100 100 100 100 100
損失相殺 -50 -50 -50 -50 -50 -50 -50 -50
相殺後利益 50 50 50 50 50 50 50  50

発生主義会計とは何か

(1)原価実現アプローチによる「原価モデル」の説明
 今日の会計は「原価モデル」と「公正価値モデル」とから成るハイブリッド会計です。その内、以下では「原価モデル」の説明をしていきましょう。
 まず、発生主義会計について「取得原価主義」と「実現原則」に置いた説明、すなわち「原価実現アプローチ」による「原価モデル」の説明を紹介します。
収益の認識・測定については「実現原則」が適用されます。実現原則は,より具体的には,販売基準を意味します。
「販売」は、一般に①受注→②引渡→③代金決済の3つのプロセスから構成されます。
 販売基準における「販売」とは、原則として、引渡を意味します。そして、これに加えて、その対価として現金・売掛金等の貨幣性資産を受け取っていることが、収益認識の要件です。すなわち、収益認識の要件とは、以下の2点です。
①財貨やサービスが相手に引き渡されている。
②その対価として現金・売掛金等の貨幣性資産を受け取っている。

 発生主義による損益計算は、収入・支出計算の「修正」です。しかし、その「修正」は、支出サイドが中心で、近代会計は、減価償却計算の確立によって成立しました。それは、多大の設備投資のための支出を「発生の事実」に基づき複数年度に配分することによって期間損益計算を適正化することが目的でした。
支出のうち当期の費用とならない「支出・未費用」が資産として貸借対照表に計上されます。いま仮に、取得原価120万円の設備について、耐用年数2年、残存価額0円で、定額法で減価償却するとしましょう。減価償却費(費用)60万円と設備(資産)60万円への配分を示し、その費用と実現収益との差額が利益であることを示したのが下図です。

(2)ドイツ会計理論(静態論と動態論)による「原価モデル」の説明
 かつて、発生主義による利益計算については、ドイツでは、財産法による静態論との比較で、損益法による動態論として説明されていました。こうしたドイツ的説明は現在の教科書では殆ど姿を消しています。ドイツの静態論では、積極的財産(財産)と消極的財産(債務)との差額である正味財産を示す、財産目録の要約表として貸借対照表が説明されていました。そして積極的財産は、売却価値、すなわち時価で評価されていました。
 ところが、工場、生産設備といった固定資産の会計処理法として原価評価に基づく減価償却が確立することによって、後で詳しく説明しますが、貸借対照表は未償却残高、すなわち投資の未回収額の一覧表となりました。これによって、財産目録作成の前提である時価評価と会計処理とを切り離すことが可能になったのです。
ドイツ会計理論では、収入・支出との関係で収益・費用が説明されました。下図がシュマーレンバッハ(Schmalenbach, Eugen)の動的貸借対照表シェーマです(Schmalenbach 1956, S.56、土岐訳1959、52頁)。そこでは、貸借対照表の借方と貸方の項目が、「支出」と「収入」、そして「費用」と「収益」との関係で説明されています。因みに、借方の「支払手段」とは現金を指します。
 動態論は、その後、ワルプ(E.Walb)やコジオール(E.Kosiol)等によって精緻化されていきます。そして、その一部は、日本の経営学会計学に大きな影響を与え、日本語訳もされました。

 動態論と呼ばれたドイツの会計理論も前述の「支出・未費用」としての資産の説明がメインでした。シュマーレンバッハは、上掲の項目のうち、「支出・未費用」について、「この場合(支出・未費用;筆者注)が近代の経済において大きな役目をなすということはその資本の充実に基づくものである。」(Schmalenbach 1956, S.56、土岐訳1959、47頁)とした上で、これに属する場合として次の四つを挙げ、詳細に説明しています(Schmalenbach 1956, S.52-53、土岐訳1959、48ー49頁)。
α.工場や事務所建物、機械、暖房設備等といった磨耗(Verschleiß)その他の減価が生じる購入設備。
β.後の期間に収益に変ずると期待される試験研究費、準備費。
γ.未消費の原材料および補助材料。
δ.前払保険料、前払利息、前払家賃および仕入先への前払金といった、費用に対する前払い。

 これらは、いずれも支出について、前述のように実現収益に対応する当期の費用と次期以降の費用(資産)とに配分され、後者として貸借対照表に計上されるものです。その中で、αの項目は設備資産、βの項目は繰延資産にあたります。繰延資産は、「後の期間に収益に変ずると期待される」という理由で資産計上されるため、換金価値を有しません。
 因みに「支出・未収入」と「収入・未支出」とは、中立的収支と呼ばれ、損益計算には関係しません。例えば、借入金に関して生じる収入は、損益計算には関係しない「中立的収入」です。つまり、一定期間後に、返済のための支出によって解消するため、プラス・マイナス・ゼロとして損益計算に影響しないので「中立的」と呼びます。これに対して、収益に関して生じる収入は、損益計算に関係する「損益作用的収入」です。
 支出についても、例えば貸付金に関して生じる支出は、損益計算には関係しない「中立的支出」です。つまり、一定期間後に、回収のための収入によって解消するため、プラス・マイナス・ゼロとして損益計算に影響しない支出です。これに対して、費用に関して生じる支出は、損益計算に関係する「損益作用的支出」です。したがって、収入支出のうち、損益計算に影響しない「中立的」収入・支出を除いた「損益作用的」収入・支出によって損益が計算されます。

文献
Schmalenbach, Eugen 1956 Dynamische Bilanz,12. Aufl., Köln : Westdeutscher Verlag(翻訳;土岐政蔵訳1959『十二版・動的貸借対照表論』森山書店).

学問としての会計学

 私が学生の頃(45年前)の会計学は、今と異なる点が3つあります。まず、当時の商法(会社法が独立する前の商法)には、計算規定、つまり会計に関する規定が含まれていました。日本の商法のモデルとなったドイツ商法は今でも計算規定を含んでいます。当時の日本の会計学の大きなテーマの1つが、商法の計算規定に関する会計学サイドからの批判・要請でした。戦後昭和期に大きな商法改正が、37年、49年、56年に行われ、商法の計算規定が整備されました。これらの商法改正については、本シリーズの「商法・会社法②、③、⑤」で解説しています。
 もう1つの違いは、今ほど会計基準が整備されていなかったという点です。将来整備されるべき会計基準に対する要請が会計学の大きな使命でした。そして、3つ目の相違は、国際会計基準が関係国の会計士団体である国際会計基準委員会(IASC)の単なる「提言」に留まっていたことです。したがって、国際的な会計基準に関する研究や提言が盛んに行われていました。つまり、未開拓の荒野が広がっていました。
 現在はどうかと言うと、会社法には実質的な計算規定はなく、会計基準は、企業会計基準委員会によって整備されています。国際会計基準についても、国際会計基準審議会(IASB)によって整備され、多くの国で強制適用されています。
また、実証研究といわれる分野もまだ始まったばかりで、日本ではまだほとんど行われていませんでした。そして、特にアメリカの会計基準に関連する文献が日本語訳されていました。当時のアメリカの主要な会計基準に関する文献、例えば、アメリ会計学会(AAA)の1936年、1941年、1957年の会計基準試案、1966年の「基礎的会計理論」(ASOBAT)、1977年の「理論承認報告書」などは日本語訳で読むことができます。1966年の「基礎的会計理論」(ASOBAT)と1977年の「理論承認報告書」については、本シリーズの「会計学名著紹介①:アメリ会計学会(AAA)『基礎的会計理論』(“ASOBAT”)1966年」と「会計学名著紹介⑤:アメリ会計学会(AAA)『会計理論及び理論承認』1977年」をご覧ください。
 また、会計学の教科書では、ドイツ会計学的説明、すなわちシュマーレンバッハ等のドイツ動態論的な説明が広く行われていました。シュマーレンバッハについては、本シリーズの「会計学名著紹介②:シュマーレンバッハ『十二版・動的貸借対照表論』1956年」をご覧ください。
当時の会計学の教科書では「企業会計原則」の解説が多くのページを占め、巻末には付録として「企業会計原則」自体が掲載されていました。「企業会計原則」については、「会計学名著紹介④:「企業会計原則」1949年」をご覧ください。学位についても、まだ「会計学博士」はなく、会計学で学位を取得しても「経営学博士」や「商学博士」でした。
 当時は、前掲の「基礎的会計理論」(ASOBAT)を出発点とした「情報会計論」が、先端の研究分野でした。複式簿記を基礎とする、いわゆる「原価モデル」を越えた時価情報等を財務報告に取り込むことが次々と行われていました。
 本ブログでは、1970年代と1980年代の日本の学問としての会計学についてお話ししたいと思います。

会計学名著紹介⑤:アメリカ会計学会(AAA)『会計理論及び理論承認』1977年

 「会計学名著紹介」シリーズ、今回取り上げるのは、アメリ会計学会(AAA)『会計理論及び理論承認』1977年です。
 AAAの『基礎的会計理論』(ASOBAT)(AAA 1966 、飯野訳1969、会計学名著紹介①で取り上げています)公表の約10年後、「10年前に提出された基礎的会計理論のステ-トメント(ASOBAT)と同じように、会計理論について現在の考え方を調査し、抽出したステ-トメントを書く」(染谷訳1980、v頁)という任務が、AAAの外部財務報告書概念及び基準委員会に課せられました。
 しかし、科学史家ト-マス・ク-ン(Kuhn 1962)の影響を受けて、理論の発展の相対性を説く当委員会による『会計理論及び理論承認』(AAA 1977、以下では『1977年報告書』と略称します)は、「したがって、基礎となる土台がまだ確定していないときに、このステ-トメントが、会計に対して、はっきりと認められる概念的な上部構造を提供することはできるわけではない。」(染谷訳1980、1頁)として、会計理論の提示を放棄し、「会計理論のステ-トメント」("A Statement of Accounting Theory")に代えて、「会計理論及び理論承認に関するステ-トメント」("A Statement about Accounting Theory and Theory Acceptance")を作成したと宣言しました(染谷訳1980。vi頁)
 『1977年報告書』は、「概念的基礎」の提示というAAAの会計原則論の「伝統」を放棄しました。他方、その「伝統」は、アメリカの財務会計基準審議会(FASB)の概念フレ-ムワ-ク・プロジェクトによって踏襲されることになりました。すなわち、『1977年報告書』が指摘した後述の「対応・凝着パラダイム」からのパラダイム・シフトは、皮肉にも、当報告書が放棄した、「概念的な上部構造」の上に会計基準を構築するという手法でFASBによって達成されることになりました。文字どおり「概念的な上部構造」としての概念フレ-ムワ-ク第1号「営利企業の財務報告の目的」(FASB1978)がFASBによって公表されたのは、翌1978年でした。
 『1977年報告書』では、会計の理論的アプローチを次の3つに分類しています(染谷訳1908、9頁)。
(1) 古典的(「真実利益」および帰納的)モデル
(2) 意思決定-有用性アプローチ
(3) 情報経済学

 (1)の古典的モデルの規範演繹学派(染谷訳1908、13頁)に属するのは、ペイトン(Paton 1922)、キャニング(Canning 1929)、スウィ-ニ-(Sweeney 1936)、マクニ-ル(MacNeal 1939)、アレキサンダー(Alexander1950)、エドワ-ズ=ベル(Edwards/Bell 1961)、ム-ニッツ(Moonitz 1961)、スプロ-ズ=ム-ニッツ(Sprouse/Moonitz 1962)です。
 彼らのうち、アレキサンダーを除く論者は、「真実利益」理論("true income"theory)に分類されています。彼らは、新古典派経済理論及び経済行動の観察に基づいて、それまで歴史的記録及び保守的計算に専念してきた会計を、カレント・コストもしくはカレント・バリュ-を表すように再構築しなければならないと提案しました(染谷訳 1980、14頁)。
 一方、(1)の古典的モデルの帰納学派(染谷訳1908、19頁)に属するのは、ハットフィールド(Hatfield 1927)、ギルマン(Gilman 1939)、ペイトン・リトルトン(Paton/Littleton 1940)、リトルトン(Littleton 1953)、イジリ(Ijiri 1975)です。なお、古典的モデルに属する著作の一部は「文献」に挙げているように、日本語訳があります。
 上掲の最後の「イジリ」は、井尻雄士先生で日本の大学で学ばれた後、渡米、カーネギーメロン大学で博士号を取得され、その後、スタンフォード大学カーネギーメロン大学等で活躍されました。アメリ会計学会の会長も務められました。
 『1977年報告書』はペイトン・リトルトンの『会社会計基準序説』(Paton/Littleton 1940)を「対応」("matching")と「凝着」("attaching")という用語に光を当てて説明し(染谷訳1980、20頁)、「対応・凝着アプロ-チ」と呼んでいます(染谷訳1980、90頁)。そして、「現代の会計理論家に共通してみられる態度というものは多くないが、そのうちのひとつは、広く認められている対応-凝着パラダイムに対する不満である。」と指摘し(染谷訳1980、95-96頁)、「対応・凝着パラダイム」の代替的パラダイムとして「意思決定-有用性アプロ-チ」と「経済学的アプロ-チ」とを挙げています(染谷訳1980、94頁)。

文献
American Accounting Association 1966 A Statement of Accounting Basic Theory(飯野利夫訳1969 『基礎的会計理論』国元書房).
――-1977 A Statement on Accounting Theory and Theory Acceptance (染谷恭次郎訳1980『会計理論及び理論承認』国元書房).
Canning, J. B. 1929 The Economics of Accountancy, New York.
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