昭和会計史としての「企業会計原則」

日本の会計制度近代化の立役者『企業会計原則』をはじめ財務会計について考察します。

日本型会計制度の歴史(監査)③: 会計制度監査Ⅲ

日本型会計制度の歴史(監査)第3回 会計制度監査Ⅲ

 

 今回は,会計制度監査の3回目です。

 

1.第3次監査(1952年)

 次年度監査が進行していた、1952年(昭和27年)4月に講和条約が発効し、同年7月の行政改革に伴い、証券取引委員会は廃止されました。その所掌事項は、大蔵省理財局証券課において分掌されることになり、同委員会規則の一部は政令、一部は省令としてその効力を存続することになりました。これらのことにより、大蔵省が、結果として会計・監査近代化の所轄官庁となりました。

 また、経済安定本部が経済審議庁に改組された折に、「企業会計基準審議会」は大蔵省の所管となり,名称も「企業会計審議会」と改められ、所掌事項もほぼ継承されました。すなわち、その事務機構は大蔵省理財局経済課企業会計係に、公認会計士管理委員会の事務機構は同課公認会計士係に移されました(新井1999、87頁)。結果として、証券取引法に基づく会計・監査の諸機能の行政、および会計・監査の基準の設定が、大蔵省の下に統合されることになりました。そして、経済安定本部の財政金融局のほとんど全員が大蔵省に移りました(番場ほか1974,7頁)。

 1952年7月1日以後に始まる事業年度から、第3次監査が実施されました(半年決算会社の場合)。この監査にあたっては、「第3次監査準則」(会計監査基準懇談会1952)とこれを法制化した「第3次監査の実施について」(証券取引委員会)が公表され、「財務諸表の検討について」(証券取引委員会)は引き続き適用されました。

 次年度監査では、実際上、実施されなかった、現金、預金、有価証券、手形債権及び棚卸資産の実査、確認、立会等の監査手続について、「実施可能な場合には」という字句が削除され、当該監査手続を一定の基準日を設けて実施することとされました。しかし、実体的には次年度監査と変わりはなく、その内容がほぼそのまま踏襲されました(日本公認会計士協会1975a、340頁)。

 

2.第4次監査(1953年~1954年)

 1953年(昭和28年)1月1日以後に始まる事業年度から、第4次監査が実施されました(半年決算会社の場合)。第3次監査も独立回復後に行われたが、その準備は占領期においてでした。したがって、第4次監査が、実質的な独立回復後の会計制度監査ということになります。 

 第4次監査においては、2つの大きな変化がありました。まず第一は、1953年5月7日に「財務書類の監査証明について」(大蔵省理財局通牒)と「『財務書類の監査証明について』に関する申合せ」(会計監査基準懇談会1953;以下では「申合せ」と略します)が公表されました。上記の行政改革前と異なったのは、「懇談会」が準則を公表し、これを証券取引委員会や大蔵省が採択して通牒に盛り込む方式に代えて、大蔵省の了解を得て、「懇談会」が通牒の施行に関する実施細目を「申合せ」という形で発表する方式が採られた点です(日本公認会計士協会1975a、343頁)。しかし、このことについて、岩田巌は、通牒では表現しにくい内容が少なくないので「申合せ」という形で自由に書けるようにしたが、実際の「申合せ」を見ると通牒のような書き表し方を踏襲しているばかりか、通牒以上に分かりにくい表現になっていると述べています(岩田1953、55頁)。 

 第2点目の変化は、第4次監査では、「基礎監査」と「正常監査」が区別されたことです。前者が本質的に会計制度監査と同様のものであったのに対して、「正常監査」は、被監査会社の「会計制度の運用状況の監査のほか、原則として財務諸表の重要な項目の監査により行うこととされました(日本公認会計士協会1975a、343頁)。

 第4次監査に関する座談会で、経団連事務局長の内山は次のように発言しています。

「或る意味で、非常に不徹底ではありますが、日本的な会計監査というものの在り方が、一部分わかった。そうして質的に変わったというところが今度の第4次監査の特徴ではないかというふうに私としては感じております。」(太田ほか1953、109頁)

 

 「正常監査」における監査事項は、以下のものとされました。

 ①会計制度の運用に関する5事項(期中監査)。

 ②財務諸表に表示されるべき重要な項目に関する帳簿残高が適正であるかどうか(期末

  監査)。

 ③財務諸表の用語、様式又は作成方法が法令等の定めに従っているかどうか。

 

 この内、「財務諸表に表示されるべき重要な項目」とは、「申合せ」によると、少なくとも現金、預金、手形債権、有価証券、社債及び長期借入金とされました(岩田1953、53頁)。正常監査は貸借対照表監査を実施する建前をとり、監査項目が次第に増加されることが期待されていましたが、事実上は「申合せ」における最少限度の5項目に限定された監査が行われたに過ぎませんでした(渡邊1954、73頁)。

 ②と③については、「監査の範囲及び監査手続の適用が限られていること、その他止むを得ない事由がある場合には、当該事項に関する監査の一部を省略することができる」と定められていました。「正常監査」について、岩田巌は、正規の財務諸表監査からはおよそかけはなれた制約された監査であって、米国の所謂「レストリクティッド・イグザミネーション」に相当するとした上で、公式に定められた監査形態としては、おそらく世界に類例がないのではないかと思うと苦々しく述べています(岩田1953、52頁)。  

 正常監査は正規の財務諸表監査に入る前の段階として考えられ、第4次監査は正常監査の1つの段階として実施されました。しかし、当時、その成果については、渡邊実によって、第4次監査の監査報告書はその使命を果たすには程遠いという厳しい評価がなされています(渡邊1954、73頁)。

 

3.第5次監査(1955年~1956年)

 1955年(昭和30年)1月1日以後に始まる事業年度から、第5次監査が実施されました(半年決算会社の場合)。第5次監査の決定については、会計監査基準懇談会20回、経団連 (関西経済連合会を含む。)、日本公認会計士協会及び大蔵省当局の相互間の連絡協議会約60回、その他個々の団体における協議会数十回を経たといいます(渡邊1955、102頁)。 

「懇談会」において協議された正規の財務諸表監査をできるだけ早急に実施する具体的方針に関して審議され、公認会計士の監査制度を今後更に育成するという根本方針を確認すると共に、制度の発展を阻む以下の諸事情を除くこととされました(渡邊1955、103頁)。

 ①証券取引法と商法及び税法との調整。

 ②企業会計基準及び監査手続の確立並びに正規の財務諸表監査の在り方の確立。

 

 第5次監査の具体的内容については、1955年1月7日付の「『財務書類の監査証明について』に関する申合せ」(会計監査基準懇談会1955a) と同年2月15日付の「『財務書類の監査証明について』の細目の取扱について」(大蔵省理財局通牒)により実施されました。

 第5次監査における「基礎監査」は、監査補助者に関する規定が新設されたことと、監査に関する報告書の様式が変更されたことを除いては、第4次監査とほぼ同様でした(日本公認会計士協会1975a、347頁)。

 「正常監査」については、監査事項が大幅に拡大され、また、監査報告書の意見の記載方法についても、監査の過程において「重大な欠陥」が発見された場合には、監査報告書に意見の表明を差し控える旨及びその理由を抽象的に記載することができるとされました。そして、その詳細な理由は一般に公表することなく、非公開の監査概要書に記載することとされました(日本公認会計士協会1975、347頁)。なお、この「重大な欠陥」の解釈と監査報告書における取扱については、「いわゆる第五次監査の監査報告書に関する覚書」(会計監査基準懇談会1955b)という文書が、一般に公表することなく、日本公認会計士協会会員と経団連会員とのみに周知徹底することとされました(日本公認会計士協会1975b、724頁)。

 初度監査の際に「会計制度監査準則」の附録(中間報告)として公表された「内部統制質問書」は、第5次監査の実施を機に、日本公認会計士協会の会計制度調査委員会の検討を経て改訂されました(日本公認会計士協会1975a、348頁)。

 因みに、同年9月30日現在及びその後の公認会計士数と被監査会社数の推移は、以下の通りでした(江村1969、第7部統計、3頁)。

年度                 被監査会社数 公認会計士数  公認会計士

                                 1名当り社数

1951年9月30日(初度監査)          446社    373名    1.22社

1952年12月31日(第4次監査直前)    597社    713名    0.84社

1954年12月31日(第5次監査直前)    843社    988名    0.85社

1956年12月31日(正規監査直前)     954社   1,185名    0.80社

 

文献

新井益太郎1999『会計士監査制度史序説』中央経済社

岩田巖1953「正常監査の解説・批判・疑義」『産業経理』第13巻第6号。

江村稔1969『会計監査資料集(改訂版)』森山書店

太田哲三ほか1953「〈座談会〉第四次監査は如何に行われるか」『企業会計』第26巻

 第1号。

会計監査基準懇談会1952「第三次監査準則」(日本公認会計士協会25年史編さん委員会1975所収)。

―――――1953「『財務書類の監査証明について』に関する申合せ」(日本公認会計士

 会25年史編さん委員会1975b所収)。

―――――1955a「『財務書類の監査証明について』に関する申合せ」(日本公認会計士

 協会25年史編さん委員会1975b所収)。

―――――1955b「いわゆる第五次監査の監査報告書に関する覚書」(日本公認会計士

 会25年史編さん委員会1975b 所収)。

日本公認会計士協会25年史編さん委員会1975a『公認会計士制度二十五年史』同文舘出

 版。

----1975b『会計・監査史料』同文舘出版。

番場嘉一郎ほか1974「〈座談会〉企業会計四半世紀の歩み」『企業会計』第26巻

 第1号。

渡邊実1954「第四次監査の批判と第五次監査の問題点」『産業経理』第14巻第11号。

―――1955「第五次監査について」『産業経理』第15巻第2号。