昭和会計史としての「企業会計原則」

日本の会計制度近代化の立役者『企業会計原則』をはじめ財務会計について考察します。

日本型会計制度の歴史(「企業会計原則」)⑤:安本「財務諸表準則」と証券委員会規則第18号「財務諸表規則」

日本型会計制度の歴史(「企業会計原則」):⑤安本「財務諸表準則」と証券委員会規則第18号「財務諸表規則」

 

 今回は,安本「財務諸表準則」と証券委員会規則第18号「財務諸表規則」を取り上げます。

 

安本「財務諸表準則」と証券委員会規則第18号「財務諸表規則」

 「企業会計原則」と「財務諸表準則」との関係については,1947年(昭和23年)の「調査会」速記録の黒澤発言によると,公表以前の段階で以下のように構想されていました。

「…ここでは,とにかく財務諸表準則を作ろうという目標を立てています。それは非常

 にコンクリートな基準と形式をとるもので,証券取引委員会の規則の形態ではっきり

 と表示されるのですが,会計原則の方は,いわば,ステートメントとして発表される

 わけで,法律的拘束力を持つという意味を含まないで,財務諸表準則の実施を通じて

 実現し,企業の実務に浸透してゆくことにより企業会計の基準となるものでありま

 す。要するに財務諸表準則と公認会計士という制度の媒介によって,会計原則は生き

 てゆくことになりましょう。」(企業会計制度対策調査会1948,272頁)

 

 実際,「財務諸表準則」では,以下のように規定しています。

「本準則は,商工業を営む株式会社が決算に際し作成すべき損益計算書及びその附属明細表並びに証券取引法の規定により証券取引委員会に提出する損益計算書及びその附属明細表の標準様式及びその作成方法について定める。」(第1章 損益計算書準則,第1) 

 

 従って,少なくとも「財務諸表準則」が公表された段階では,当準則がそのまま証券委員会規則として法的基礎を得る予定だった可能性があります。しかし,実際には,「財務諸表準則」(以下では安本「準則」と略称します)とは別に,証券委員会規則第18号「財務諸表規則」(以下では証取委「規則」と略称します)が翌年1950年に制定されました。両者の主な相違点は以下の通りです。

(1) 貸借対照表損益計算書の順序

(2) 業種別の財務諸表準則を規定せず,商工業を中心とした一種類の準則を定めたこ

 と。

 安本「準則」では,例示的だった適用業種について,証取委「規則」では適用業種を次の44業種に明確化しました。

 1商品生産農業,2林業,3水産養殖業,4金属鉱業,5石炭鉱業,6原油生産業及

 び天然ガス生産業,7非金属鉱業,8食料品製造業,9紡織業,10衣服製造業及び身

 廻品製造業,11木材製造業及び木製品製造業,12紙又はその類似品製造業,13印刷出

 版業及びその類似業,14化学工業,15石油製品製造業及び石炭製品製造業,16ゴム製

 品製造業,17皮革製造業及び革製品製造業,18ガラス製造業(不破ガラス製造業及び

 代用ガラス製造業を含む。)及び土石製品製造業,19第一次金属製造業,20金属製品

 製造業(機械製造業を含む。),21輸送用設備製造業(鋼船製造業を除く。),22専

 門機械理化学機械製造業,写真機製造業,光学機械器具製造業及び時計製造業,23宝

 石,銀器又は鍍金製品製造業,楽器又はその部分品製造業,玩具又はスポーツ若しく

 は体育用品製造業,ペン,ペンシル若しくはその他の事務用品又は画家用品製造業及

 びマッチ製造業,24卸売業,25各種商品小売業,26呉服,衣服又は身廻品小売業,27

 飲食料品小売業,28飲食店業,29路上運搬機小売業,30石油小売業,31第25号から

 前号までに掲げる小売業以外の小売業,32不動産仲介業,33道路貨物運送業,34水運

 業,35倉庫業及び保管業,36運輸に附帯するサービス業,37通信業,38ガス業,39

 水道業,40旅館業,41サービス業,42修理業,43映画製作又は配給業,44興行娯楽

 劇場及びその不随事業

 (3) 会計原則について最少限度の法制化を行ったこと。

 「継続性の原則」の他,「真実性の原則」と「明瞭性の原則」だけを法文化し,その他の原則で必要がある場合には,証券取引委員会が「一般に公正妥当と認められた会計基準」について,別に公表するとされました(2条1項)。

(4) 財務諸表の体系として,安本「財務諸表準則」の体系に従ったほか,新 たに欠損

 金計算書及び欠損金処理計算書を加えたこと。

(5) 科目の分類方法及び記載方法に相当の弾力性をもたせたこと。

(6) 流動資産又は流動負債と他の資産又は負債との区分の基準を明確に定め たこと。

(7) 製造原価報告書の様式の規定を省略したこと。

 安本「準則」では,すべての製造工業について一定の様式による「製造原価報告書」の損益計算書への添付を求めていましたが,証取委「規則」では,継続的な記録による個別原価計算法を採用している企業等,売上原価の分割表示が困難な場合に限って,任意の様式で「製造原価明細表」を提出することにとどめられました。

(8) 附属明細表の様式を定めたこと。

 その内容は,「修繕維持費明細表」を除き,「有価証券明細表」を追加している点で,安本「準則」と相違しています。

(9) 関係法令特に商法,税法との調整をはかったこと。

  安本「準則」は主として会計独自の立場から作成されていましたが,証取委「規則」の作成に際しては,できる限り関係法令との調整をはかることが必要となりました。

(10) その他必要な整備を行ったこと。

 安本「準則」には規定がなかった関係会社の定義,剰余金計算書の記載事項の整備等が行われました。

 

 当時の大蔵省証券取引委員会総務課長は,証券取引委員会規則第18号「財務諸表規則」(以下では証取委「規則」と略す。)の意義について以下のように述べています。

「会社の財務諸表等を規制する証券取引委員会規則は,以上のように法の目的を達成する必要に基づいて制定された規則であって,この故にその目的とするところもまた,法の目的を達成することになければならない。このことは,この規則のもつ意義が,かつてわが国において商工省及び企画院により公表された財務諸表準則のもつ意義と根本的に異なることを意味することになる。」(亀岡1951,56頁)

 

文献

亀岡康夫1951「会社の財務諸表等を規制する証券取引委員会規則の運用について」 

 『企業会計』第3巻第3号。

企業会計制度対策調査会1948「企業会計原則設定に関する企業会計制度対策調査会速記

 録」(日本公認会計士協会25年史編纂委員会1975『会計・監査史料』同文舘出版所

 収)。