昭和会計史としての「企業会計原則」

日本の会計制度近代化の立役者『企業会計原則』をはじめ財務会計について考察します。

会計学名著紹介①:アメリカ会計学会(AAA)『基礎的会計理論』(“ASOBAT”)1966年

はじめに
 1960年代までの米独の会計理論は,制度に関するテーマ中心に展開されていました。したがって,会計理論の学習は財務会計制度の理解を深めてくれるものでした。そして,60年代までの米独の会計理論は,70年代に大学で,会計研究会に所属して財務会計を学んだ世代にとっては,懐かしいものだと思います。「会計学名著紹介」シリーズでは,1970年代以降によく読まれた会計学の名著を紹介したいと思います。第1回目に取り上げるのは、アメリ会計学会(AAA)『基礎的会計理論』(“ASOBAT”)です。


(1)ASOBAT
 1970年代、「情報会計論」が時代の最先端の研究領域でした。今日の財務会計の土台である「利用者指向」を掲げた情報会計論の金字塔ともいうべき『基礎的会計理論』(A Statement of Accounting Basic Theory:AAA 1966、飯野訳1969)は1966年にアメリ会計学会(AAA)によって公表されました。日本でも英語名のイニシャルであるASOBATで呼ばれ,広く流布し、70年代以降も情報会計論の中心的文献でした。
 AAAの一連の会計原則における利用者指向の伝統が1966年のASOBATにおける以下の有名な定義につながりました。
「本委員会は,会計を,情報の利用者が事情に精通して判断や意思決定を行なうことが出きるように,経済的情報を識別し,測定し,伝達するプロセスである,と定義する。」(飯野訳1969,2頁)

 このように,利用者指向を頂点に置くASOBATは,AAAの会計原則論の系譜に連なる伝統的な会計理論であるといえるでしょう。しかし,例えば,1936年の会計原則試案(AAA1936)等でも利用者指向の記述はみられますが(中島訳1964,87頁),それが具体的な会計基準の基礎にされたわけではありませんでした。ASOBAT公表の約10年後にASOBATと同じような報告書を作成するという任務の下に公表されたAAAの『会計理論及び理論承認に関するステ-トメント』(AAA1977,染谷訳1980、以下では『1977年報告書』と略します。会計学名著紹介⑤で取り上げています)は,次のようにいいます。
「1950年代以前においては,会計理論について綿密に作成された多数の研究書は会計のアウトプットの利用者にはふれてはいたけれども,それらの研究書の理論構造がいわゆる利用者の情報『要求』にもとづいていなかったことは,はっきりしている。」 (染谷訳1980,23頁)

 その点,ASOBATは,利用者指向を掲げるだけでなく,「意思決定有用性アプロ-チ」を受容し,さらに,その受容が,「目的適合性」を頂点とする多元的規準アプロ-チの前提となりました。
「意思決定-有用性目的が認められなければ,多元的規準接近法はこれほどまでに発展しなかったと思われる。第二に,一般に基本的なものとして認識されている規範的概念(財務諸表の利用者の意思決定に対する目的適合性)は,意思決定-有用性から生まれ,そしてそれに依存している。」(染谷訳1980,35頁)

 ASOBATでは,「意思決定有用性目的」の受容の下に,「目的適合性」,「検証可能性」,「不偏性」および「量的表現可能性」という,潜在的な会計情報を評価すべき会計情報の基準が展開されました。但し,ASOBATにおいても情報利用者の目的の詳細な研究は,その後にまかされていました。ASOBATは,次のようにいいます。
「しかし,外部利用者についてさらに多くのことがわかり,またかれらの意思決定モデルが洗練され,しかもそれがさらによく知られるようになるにつれて,会計理論も会計実務も変わるであろう。」(飯野訳1969,29頁)

(2)ASOBATとFASB概念フレームワーク
 アメリカでは,AAAが「会計理論」と「実務」との橋渡しを担う概念的基礎の提示において重要な役割を果たしてきました。利用者指向と概念的基礎の提示というAAAの会計原則論の系譜に連なるASOBATは,利用者指向を「意思決定有用性アプローチ」として,より具体化し,その受容のもとに多元的規準アプローチを展開するという,FASBの概念ステートメント・プロジェクトの原型となりました。
 『1977年報告書』は概念的基礎の提示というAAAの会計原則論の伝統を放棄しました。他方,その伝統は,アメリカの財務会計審議会(FASB)の概念フレ-ムワ-ク・プロジェクトによって踏襲されました。すなわち,『1977年報告書』が放棄した,会計基準を構築する「概念的な上部構造」の提示は,FASBによって達成されることになりました。
 情報利用者の目的に関する研究の影響が現れるのは,アメリ公認会計士協会(AICPA)の会計原則審議会(APB)によるAPBステ-トメント第4号「営利企業の財務諸表の基礎をなす基本概念および会計原則」(AICPA 1970、川口訳1973)や「財務諸表目的スタディグル-プ報告書」(AICPA 1973、川口訳1976)においてでした。後者は,委員長の名を冠した,トゥルーブラッド委員会(財務諸表の目的に関する調査会)による報告書であり,その後,それは, FASBの概念ステ-トメント・プロジェクトに継承されていきました。すなわち,概念ステ-トメント(SFAC)No.1「営利企業の財務報告の目的」(FASB 1978、平松・広瀬訳2002)です。
 また,多元的規準アプロ-チは,SFAC No.2「会計情報の質的特徴」(FASB1980、平松・広瀬訳2002)として引き継がれました。SFAC No.2は,SFAC No.1とそれに続く他の概念ステ-トメントとの橋渡しをするものであり,会計情報が有用であるためには,どのような質的特徴を備えていなければならないかという問題を扱っています。
 そこでは,情報を望ましいものにするための特徴が,質的要素の階層構造として示され,「意思決定有用性」の下に,主要な意思決定固有の質的要素として「目的適合性」と「信頼性」が挙げられています。
 資本市場にリンクした会計の特徴は,利用者指向と概念フレームワークの整備にありますが,実は両者は,コインの裏表の関係にあります。1994年のAICPAの報告書は,次のようにいいます。
「会計専門家が,事業報告の質を直接,利用者に照らして判定することは稀であった。
 その代わりに,彼らは,情報ニーズに整合していると考えられる概念およびフレーム
 ワークを形成してきており,その結果,利用者に対するより直接的な検証に基づくよりもむしろ現在の概念と整合する程度に基づいて,報告を改善するための考え方を判定するのが通例である。」(八田・橋本訳 2002,39頁)

 FASBの概念ステートメント・プロジェクトのスタイルは国際会計基準(IFRS)にも踏襲されています。すなわち、国際会計基準委員会(IASC)の概念フレームワーク「財務諸表の作成及び表示に関するフレームワーク」(IASC 1989)は1989年にIASC理事会で承認されました。この概念フレームワークは、2001年に国際会計基準審議会(IASB)によっても採用されました。
 なお、日本でも企業会計基準委員会(ASBJ)により「財務会計の概念フレームワーク」の討議資料が2006年12月に公表されていますが、その段階で留まっています。
その後、IASBとFASBとは、2005年1月に、改善された共通の概念フレームワークを策定するための共同プロジェクトに着手しました。そして、2010年9月28日に「一般目的財務報告の目的」および「決定に有用な財務情報の質的特性」については完成し、その部分を差し替えて「財務報告に関する概念フレームワーク」(これは同時にFASBのSFAC第8号「財務報告のための概念フレームワーク」(FASB 2010) でもありました)として公表されました。しかし、未完成部分については、FASBとの共同プロジェクトをやめて、IASBは、2015年5月28日に、公開草案「財務報告に関する概念フレームワーク」を公表しました。そして、2018年3月29日に当概念フレームワーク(IASB 2018)は最終確定されました。 

文献
飯野利夫訳1969『基礎的会計理論』国元書房。
川口順一訳1973『アメリ公認会計士協会 企業会計原則』同文舘。
――――訳1976『財務諸表の目的』同文舘。
IFRS財団編、企業会計基準委員会・財務会計基準機構監訳2019『IFRS®基準』中央経済社
染谷恭次郎訳1980『会計理論および理論承認』国元書房。
中島省吾訳1964『増訂 A.A.A.会計原則』中央経済社
平松一夫・広瀬義州訳2002『FASB財務会計の諸概念〔増補版〕』中央経済社
八田進二・橋本尚訳2002『事業報告革命』白桃書房
American Accounting Association 1936 "A Tentative Statement of Accounting Principles Affecting Corporate Reports", Accounting Review, pp.187-191(中島訳1964).
―――1966 A Statement of Accounting Basic Theory(飯野訳1969).
―――1977 A Statement on Accounting Theory and Theory Acceptance(染谷訳1980).
American Institute of Certified Public Accountants 1970 Statement No.4 of APB, Basic Concepts and Accounting Principles Underlying Financial Statements of Business Enterprises(川口訳1973).
―――1973-1974 Objectives of Financial Statements(川口訳1976).
AICPA Special Committee on Financial Reporting 1994 Improving Business Reporting - Customer Focus(八田・橋本訳2002).
Financial Accounting Standards Board(FASB)1978 Statement of Financial Accounting Concepts No.1, “Objectives of Financial Reporting by Business Enterprises”(平松・広 瀬訳2002).
―――1980 Statement of Financial Accounting Concepts No.2. " Qualitative Characteristics of Accounting Information"(平松・広瀬訳2002).
―――2010, Statement of Financial Accounting Concepts No.8 "Conceptual Framework for Financial Reporting - Chapter 1,The Objective of Financial Reporting,and Chapter 3,Qualitative Characteristics of Useful Financial Information".
IASC 1989, Framework for the Preparation and Presentation of Financial Statements.
IASB 2018, The Conceptual Framework for Financial Reporting(企業会計基準委員会・財務会計基準機構監訳 2019).