昭和会計史としての「企業会計原則」

日本の会計制度近代化の立役者『企業会計原則』をはじめ財務会計について考察します。

日本型会計制度の歴史(日本固有の問題)①:「未払込株金」の表示問題

日本型会計制度の歴史(日本固有の問題)①:「未払込株金」の表示問題

 

 今回は,「「未払込株金」の表示問題を取り上げます。

 

「未払込株金」の表示問題

 日本の会計制度近代化における問題点を象徴しているのが、「未払込株金」の表示問題です。「標準貸借対照表」(1930年)において資本金の控除項目として貸方に計上するという表示法が提案され、それに対する反対も見越して、後述するように、その理由が示されました。にもかかわらず、経済界からの反対等により「財務諸表準則」(1934年)では、借方計上されることになりました。

 しかし、皮肉にも、軍需品の買上価格決定目的の陸軍貸借対照表明細表では、資本金の控除項目として貸方に計上されていました。その後、「未払込株金」の借方計上は、企画院「製造工業貸借対照表準則草案」にも引き継がれました。

 そして、戦後、総司令部「指示書」作成の折に、その元となった「財務諸表準則」(1934年)では借方計上されていたため、批判され、「標準貸借対照表」と同じく、資本金の控除項目として貸方に計上されました。既に財務諸表様式標準化の最初の試みで、問題点が認識され、合理的解決策が専門家により提示されていたにもかかわらず、日本の事情によって非合理的なルールが温存されてしまったのです。

 「指示書」は,「未払込資本金を貸借対照表の資産の側に示すことは日本の久しい間の習慣であった。この習慣は良き会計実務には是認されるものではない。」としていました。しかしこの問題は,日本の会計基準の歴史において上記のような紆余曲折がありました。

 「標準貸借対照表」(1930年)における「未払込株金」を貸方に資本金の内訳説明として未払込の事実を付記するという方式の理由は,以下の4つでした(商工省臨時産業合理局財務管理委員会「『未払込株金』を貸借対照表の借方に掲載せざる理由」『會計』第28巻第2号掲載)。

① 株式は本来,譲渡される有通性があり,したがつて払込義務者に異動を生じ,その確

 実性を確かめ難い点は他の債権と比べて大いに相異する。

② 未払込株金の徴収に当っては,これを回避しようとする株主が生じ,その全部を完全

 に徴収することが極めて困難な事例が少なくない。ゆえに未払込株金の全額を確実な

 担保力のある資産と認めるべきでない。

③ 他の債権に回収不確実な懸念がある場合,益金の一部を以て填補に充当することがで

 きる。しかし未払込株金は資本構成に関するものであるためこうした取扱は不可能で

 ある。

④ 未払込株金に確実な担保力がないという観念は商法中にも存在する。すなわち,第

 200条で社債発行の限度を払込済資本額とする規定である。

 

 「指示書」においては,「公称資本金」から「未払込株金」を控除して「払込済み資本金」を表示することが要求されており,商工省「標準貸借対照表」と同一の方式が求められるという皮肉な結果となりました。これについて,「指示書」は,その理由として次の2点を挙げています(「指示書」詳細 貸借対照表ニ関スル説明)。

① 未払込額はその払込徴収催告が行われるまでは徴収できないものであること。そして

 催告が行われるにしても,何時それが行われるのか明らかでないこと。

② 資本は払込資本金と未処分利益とを加えたものであり,資産に対する株主の持分をあ

 らわす。したがって,催告済の未払込額を資産に計上することには若干の道理が認め

 られるにしても,催告未済の未払込額を資産計上する会計処理法は正当なものでない

 こと。

 

 ①に挙げられた理由は,前掲の財務管理委員会による「『未払込株金』を貸借対照表の借方に掲載せざる理由」の①,②と同じく,徴収の困難性の指摘です。②については,財務管理委員会の③,④の理由が「債権」という法的観点によるものに対して,「資本概念」という会計的観点からの理由付けという点で異なるものの,最初に挙げられた徴収困難という実際的観点に加えて,論理的整合性の欠如に対する批判という点では共通しており,20年近く以前の,日本の専門家による不合理性の指摘が再び繰り返される事になりました。

 このように,未払込株金の貸借対照表借方計上の問題性はずっと以前から日本の専門家によって認識されていました。その後,1948年(昭和23年)に行われた商法の一部改正では,未払込株金の表示問題のそもそもの原因というべき,株金分割払込制が廃止され,全額払込制度が採用されました。その結果,「未払込株金」という項目自体が消滅しました。当改正に関与した鈴木竹雄の対談における発言によれば,当商法改正は「いうことをきかざるを得ないGHQ至上命令」であったといいます(鈴木・竹内1977,136頁)。当対談では,株金分割払込制と財閥支配の関係などが廃止命令の理由として挙げられていますが,未払込株金の表示問題も当命令の原因と考えられます。未払込株金の表示問題は,結局,GHQによる命令という文字通りの外圧によって解消したことになります。

 

文献

鈴木竹雄・竹内昭夫1977『商法とともに歩む』商事法務研究会。